書き手:ゆーすけ
練習の合間に、こんな話題が出ました
先日、PLAYFULの練習の合間に「コートネーム」の話題が出ました。
バスケットボールに関わったことのある方にはおなじみでも、初めて聞く方には不思議に映る文化だと思います。

せっかくなので、心理学的な視点で少し解説してみます。これも一つの考え方に過ぎませんので、何かの参考や整理になれば嬉しいです。
コートネームとは|ミニバスでも耳にする「呼び名」の文化
コートネームは、日本の女子スポーツ独特の文化です。バスケットボール、バレーボール、ラクロスなどで使われています。
本名とは別に、コート上で呼び合うための名前を持つ、というものですね。
一般的には、その選手への願いが込められていると説明されることが多いようです。
ミニバス(小学生のバスケットボール)のチームでも、コートネームやあだ名で呼び合っているという話を耳にすることがあります。
参考リンク:
ただ、「願いが込められている」だけでは、男子にない理由の説明にはなっていない気がします。
願いを込めるなら、男子だってそうしていいはずですから。
知り合いのコーチから聞いた話
以前、ある知り合いのコーチから、こんな理由を聞いたことがあります。
「試合中に女子が本名で呼ばれると、ふと女の子モードの自分が出てしまい、ギリギリの競り合いでボールをもぎ取る闘争心モードになれないことがある」
なるほど、と思いました。
名前が、その人の「どのモード」を呼び出すかに関わっている、という話です。
パーツ心理学という考え方が、ちょっと面白い
この説明は、パーツ心理学と呼ばれる考えと重なるところがあり、僕は合点がいっています。
パーツ心理学とは、人は元々複数パーツの集合体(細胞とか臓器とか)であって、人格もそうだよね、という考え方です。
例えば、こどもの前でいるパパママモードの自分、職場で見せる仕事モードの自分、友達の前で見せる学生モードの自分。
身体は同じ自分でも、心持ちやキャラクターの違いは若干ありませんか。
人は平均で4〜15のモードを持っていると言われています。お互いの記憶は共通している点で、いわゆる多重人格とは異なるとされています(記憶が共有できないパーツがある状態は「解離」と呼ばれることがあります)。
あるスタッフから「もともと人見知りだったけど、高校から親元を離れて暮らしてから人見知りでなくなった」という話が出たことがありました。
このように、人はこれまで持っていたパーツで適応できない時に、新しいパーツ(モード)を作ると言われています。きっかけは転居、結婚、出産、海外赴任、被害体験など、体験のポジティブ・ネガティブに関係なく、です。
家と集団の場とで、こどもの現れが違う(例:家でのわがまま、好き嫌いが集団の場ではでない)ことはよくありますよね。
あれも「親の前モード」と「みんなの前モード」の違いと言えます。
私たちは幼児期から適応的なモードを増やして、「社会性」を高めていくと考えられます。

では、なぜ男子にはないのか
ただ、「バスケモードにスイッチを入れやすくするためにコートネームをつける」なら、男子もあって良いはずです。
そこはおそらく、社会的な性役割意識(男性は強く、女性は優しく、といった暗黙の期待)が関係しているのではないかと考えられます。
男性の本名に込められた願いは競争やスポーツになじみやすいものが多く、そういう期待を小さい頃から名前を通して受け取っているのかもしれません。(例:男子=翔平/女子=優香、紗織、美奈子)
特に日本語は漢字に意味を込めるので、そのような影響が出やすいのだと思います。
まとめ|「なぜだろう」と立ち止まる時間が楽しい
コートネームは、単なる愛称やチームの慣習として片づけられがちです。
でも、「名前がモードを呼び出す」という視点で見ると、少し違った景色が見えてきます。
もちろん、ここまで書いてきたことは、あくまでひとつの考え方です。正解を決めたいわけではありません。
ただ、こうやって「なぜだろう」と一度立ち止まってみること自体が、こどもとの関わりを考えるヒントになったりします。
PLAYFULの体育館では、こういう話が練習の合間にぽんと出てきます。そういう時間も含めて、なかなか楽しいです。
体験はいつでも歓迎していますので、よかったら一度のぞきに来てください。
以上、ゆーすけの感想でした。
